生誕200周年記念! ワーグナーの生涯をたどって: その9 〜 終焉の地ヴェネツィアへ

最後の作となる「パルジファル」作曲に手を染め始めた頃から健康状態が優れなくなっていたワーグナーは、1880年に入って気候温暖なイタリアへ行くことを決め、ナポリヴェネツィアに滞在する。

 Napoli.jpg
 ナポリ

10月にミュンヘンに戻ったワーグナーは、ルートヴィヒ2世のための御前演奏会で指揮をして、パルジファルの前奏曲を披露する。曲を気に入った国王が演奏を繰り返すよう求め、さらにはローエングリンの前奏曲も演奏するよう求めると、ワーグナーは気を悪くして帰ってしまう。これがワーグナールートヴィヒ2世との最後の対面となってしまった。

 Ludwig II

不安定な健康状態のため、完成が遅れていた「パルジファル」だが、1882年1月にようやく完成する。この直後には印象派の画家ルノワールワーグナーを訪ね、かれの肖像画を描いている。

      Wagner by Renoir

パルジファルは1882年7月に、第2回バイロイト音楽祭で初演された。この頃には一段と人嫌いになっていたルートヴィヒ2世をはじめ、ニーチェビューローらかっての盟友の多くが姿を見せなかったものの、リストブルックナーサン・サーンスらが駆け付け、上演は圧倒的な成功を収めた。

 Parsifal Bayreuth 1882

パルジファルの成功で翌年以降の音楽祭の継続開催に目処が立ち、安心したワーグナーは、家族とともにヴェネツィアに戻る。健康状態からもはや大作を手掛ける事は出来ないと悟っていた彼は、若い頃の作品、交響曲ハ長調に手を加え、1882年のクリスマスイブに、自らの指揮でフェニーチェ劇場で再演する。これがワーグナーの最後の指揮となった。

 Fenice_2014122023470160b.jpg

翌年に入り、急速に健康状態が衰えていったワーグナーは、2月13日に心臓発作を起こし、息を引き取る。享年69歳、遺体はバイロイトの自邸の裏庭に葬られた。同時代を生きたもう一人のオペラの巨人、ジュゼッペ・ヴェルディとはついに一度も会うことはなかった。

 Wagners Grave

舞台祝祭劇「ニーベルングの指環」~第三夜「神々の黄昏」
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ワーグナー: 「神々の黄昏」
ブリュンヒルデ: ヒルデガルト・ベーレンス (S)
ジークフリート: ジークフリート・イェルサレム (T)
ハーゲン: マッティ・サルミネン (Bs)
ギュンター: アンソニー・ラッフェル (T)
ワルトラウテ: クリスタ・ルートヴィヒ (A) ほか
ジェームズ・レヴァイン指揮 メトロポリタン歌劇場管弦楽団・同合唱団
1990年録音(ライブ)


リング4部作の完結編にして最大の大作である「神々の黄昏」。26年をかけて完成させたリングの最後を飾る作品にふさわしく、どこをとっても充実した音楽で、「ジークフリートのラインへの旅」から「ジークフリートの葬送行進曲」、そして長大な「ブリュンヒルデの自己犠牲」で締めくくられる壮大なフィナーレに至るまで、聴きどころ満載!

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 名高いパトリス・シェローの演出によるバイロイトの舞台

オットー・シェンクの手による、メトの前のリングの上演は、この長大な作品を分かりやすく再現したもので、当時の一流の歌手陣による名唱を、レヴァインのダイナミックで充実した音楽が万全にサポートしている。それにしても長い!

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